【コラム】私道をめぐる複雑な紛争事例

《以下のストーリーは、ひとつのフィクションとして御覧ください。》

 1 私道をめぐる紛争

ある時、不動産デベロッパーの担当者から、マンションの新築工事に入りたいのだが、工事にあたって私道を使う必要があるのに、私道の所有者から、工事車両を含め通行を一切拒絶されているとの相談が入りました。

その用地を地図で見せてもらうと、西側は数十メートルにわたり全てその私道に接しており、他方、東側では幅員2メートル程度の路地上敷地が公道に接している状態でした。

東側の公道を経由して工事車両を出入りさせることは不可能で、どうしても西側の私道を使う必要があるのに、私道の所有者との関係構築がうまくゆかず、一切の通行を拒絶されてしまったということでした。

 2 第三者が私道を通行する権利ないし自由

東京都心でも、入りくんだ住宅街の奥に進むと、いわゆる位置指定道路や、2項道路などと呼ばれる類の「私道」が珍しくありません。これら「私道」は、「公道」と異なり、一般私人が所有し管理する道路です。私道については、所有者以外の第三者が通行・使用するうえでどのような利益が保護されるのか(例:私道の所有者が自動車や私物を置いて通行を妨げている場合にこれらを排除できるか等の問題)、また、上下水道管、ガス管、電気等のインフラを通すために他人の所有する私道を掘削することが可能なのかなど、難しい法律問題を生んできました。

このうち、埋設管を設置するために他人所有の私道を掘削できる権利等については、令和4年4月施行の新民法213条の2で明文化されました(それ以前は、下水道法11条の準用等により他人の所有する私道の掘削を裁判所に求めるなどの対応がなされていましたが、民法上一定の要件のもとに権利として明文化されたものです)

しかし、私道について第三者がどの限度で通行・使用できるかについては、相変わらず難しい問題があります。

 3 第三者から私道の所有者に対する妨害排除請求


私道の所有者が、私道上に私物を物置のようにして置いていたり、極端な場合はポールを設置して通行を阻害した場合、一般の第三者は、その私道部分を通り抜けにくい、さらには自動車で通過することが極めて困難か不可能というケースがあるでしょう。

このような場合に、私道の所有者に対して、障害物を撤去すること、つまり第三者の通行を妨害するなと請求(妨害排除請求)できるのか。

この点は、まず市区町村の条例において私道に私物を放置することのないよう適切な管理を促しているものがありますが、これはいわゆる公法上の規定で民民の関係を直接規律するものではなく、また、その縛りも相当に緩いものです。
したがって、市区町村の職員に対して私道上の物の排除を求めても、私道の所有者に対して注意を促す可能性があるものの、強制的な撤去までは期待できないのが実情です。

そこで、裁判所の手続を通じて、私道の所有者に対して、強制的に通行を妨害する物の撤去等(妨害排除)を求めることができないかということがやはり問題となるのです。

 4 第三者から私道所有者に対する妨害排除請求に関する判例


この問題につき、最高裁判所平成9年12月18日判決(民集51-10⁻4241)は、私道を通行することにつき日常生活上不可欠の利益を有する者は、私道所有者による妨害に対して、人格権的権利に基づき、原則として妨害の排除及び禁止を求めることができるとし、40年間自動車による通行がなされてきた私道の公道に接する片方の出口(もう一方の公道に接する出口は階段状となっており自動車による通過は不可能)に私道所有者がゲートを設置した事案について、私道に接する建物に居住する者は、この妨害の排除及び禁止を求めることができると判示しました。

ここで、「通行することにつき日常生活上不可欠の利益を有する者」とは、どの範囲の者をいうのか。

似たような事例において、最高裁判所平成12年1月27日(裁判集民196-201)では、私道に接する土地の所有者が自らは当該土地を使用せず賃貸駐車場として利用する目的であるような事情の下では、当該土地所有者は、私道所有者が自動車の通行の妨げとなる金属製ポールを設置した場合でも、この撤去を求めることはできないとされています。(以下、上記2件の最高裁判決を併せて単に「判例」と表記します)

要は、これまでずっとその私道を通ることで日常生活が成り立ってきたなど、人格権にも匹敵するほどの重大な利益がなければ、日常生活上不可欠の利益を有する者とは認められず、第三者から私道所有者への妨害排除請求は認められないことになります。

 5 本件事案の特徴

さて、冒頭の相談に戻ると、不動産デベロッパーは、最近になって用地を取得しており、用地を売ってくれた元所有者も、その私道を通ることにつき人格権的な利益まで有するとは言い難い状況でした。さらに、用地の東側では、2m強の狭い幅員とはいえ路地上の敷地で公道に接しているのです。

このような状況で、用地の西側にある私道にポールを設置するなどにより工事車両の通行を阻害された場合には、その妨害排除を求めることは相当に困難と考えました。ここは相手の出方を見極める必要があります。

果たして、私道の所有者は、マンションの建設工事を妨害するために、私道上にポール等を設置するような人なのかどうか。

幸いなことに、私道の所有者には代理人(弁護士)が就きました。
デベロッパーの担当者は、相手方の弁護士のもとに様子を伺いに行きましたが、剣もホロロで帰ってきたようです。

「工事なんて、やれるもんならやってみなさい」と。
しかし、続けて重要な情報を得たのです。
「勝手に工事を始めたら裁判所に仮処分を申し立てます」と。

件の担当者は、にわかにピント来ないようでしたが、その報告を受けたときには、「これはもしかしたら・・」という直感が強く刺激されました。
弁護士が就いているということ。
仮処分を申し立てるとの意思表明(この場合、特定の第三者に対して私道を通行使用することを禁止する仮処分の申し立てが考えられました)さらに、私道の所有者は、この地域でたくさんの土地を所有する地主として知られていました。

これらの要素は、私道の所有者が自らポールを設置するなどして工事車両の通行を物理的に妨げることまではしない(できない)であろうと予測させるものでした。

しかも、相手の見解は、既に列記した最高裁判例の趣旨を取り違えているのではないか。
最高裁判例は、あくまで第三者から私道所有者に対する妨害排除請求の事案。私道の所有者が行き過ぎた私道の管理(自分勝手な使い方)をしていることに対する妨害の排除は非常にハードルが高いことを示しているにすぎない。

逆に、私道の所有者から特定の第三者の通行をいわば恣意的に禁止するよう求める妨害排除請求について、裁判所はそのような求めに手を貸す筈がないのではないかと思われたのです。

 6 係争前の任意交渉

そうはいうものの、実際に当該私道を使用して工事に着手するにあたっては、相当慎重な準備を重ねる必要がありました。相手方の出方を見極めるうえでは、交渉を重ねることが大事です。

デベロッパーの依頼を受け、私道所有者の代理人弁護士との交渉が始まりました。

近隣紛争(特に仮処分事件)では、裁判所が判断をするうえで当事者間の係争前の交渉が誠実に行われたかどうかを判断理由の一つとして検討する場合が多く見られます。

したがって、事前の交渉はおろそかにできません。
特に、本件では、交渉が決裂した場合に、私道所有者の意向(仮にそれが身勝手と思われる意向であったとしても)に反して車両を通行させる言わば強行策に出ることが予測されるわけですから、話し合いを尽くしたかどうかは大事なポイントになります。金銭解決に関しても、相当高水準の提案を行いました。

実際に係争となれば、デベロッパー側もかなりの費用を費やすことは明らかですので、その分の費用を含め早期に支払って安心して工事に着手できるのであれば、それに越したことはないとの価値判断が働くのは事業者としては当然の判断です。

しかし、数カ月に及ぶ交渉も実を結ぶことはなく、いよいよ工事を強行せざるを得ない状況になりました。工事に入る前夜、デベロッパーの担当者は、眠れなかったといいます。
心配はただひとつ。
工事車両の進入を見咎めた私道所有者が、私道上にポールを立てるのではないかということです。

 7 仮処分事件


しかし、実際に工事が始まっても、私道上での通行妨害が行われることはなく、代わりに、地方裁判所から仮処分審尋の呼出状が届きました。

事件名は、私道の通行使用禁止仮処分命令申立事件。

このような近隣紛争に伴う仮処分事件は、仮の地位を定める仮処分と呼ばれますが、申立人(手続上、債権者と呼ばれる。)のみならず、相手方(手続上、債務者と呼ばれる。)も必ず裁判所の手続(審尋)に呼び出され、主張や証拠を提出することができます。

あくまで仮の裁判であり、訴訟事件のように長期間の審理をせずに迅速に結論(決定)を出す必要がありますが、現実には和解による解決を図るための協議にかなりの時間が割かれることになります。

本件での裁判所が示した和解案は、デベロッパーから私道所有者に対して一定の金銭を支払うことと引換えに、私道所有者は工事車両の通行を認め、また、通行方法(時間帯や通行の頻度)についても取り決めを行うとするものでした。

しかし、私道の所有者側の対応は極めて頑なでした。和解金の額に関わりなく、とにかく和解には応じないと。その背景には、私道の所有者本人の姿勢のほかに、代理人による判例の解釈に誤解があったのではないかと思われるのです。

審理の中では、最高裁判例の射程範囲も当然ながら争点となりました。
私道の所有者側は、「私道を通行使用する権利を有する第三者は日常生活上不可欠の利益(人格権的権利)を有する者に限られる」、と主張しました。

デベロッパー側は、その判例は、あくまで第三者からの妨害排除請求を認めるための規範にすぎない。むしろ、道路として通行の用に供されている私道について、その所有者が合理的理由もなく、特定の第三者のみに対して全面的に使わせないとして仮処分の申立てをすることは所有権の濫用(いわゆる権利の濫用)にほかならないと主張しました。

和解の協議の中で、この点に関する裁判所の心証はある程度開示され、その結論はデベロッパー側に有利なものに見えました。それでも、私道の所有者は、地裁の判断は上で争うとの姿勢を示し、和解の協議は決裂したため、裁判所が決定を出すことになりました。

 8 一審地裁決定

1審(地裁)決定の要旨は次のようなものでした。
2項道路として指定された土地(私道)であっても、現実に道路として開設されている場合には、その公法上の効果として第三者が道路として通行することを所有者は受忍する義務を負う。
その反射的効果として、第三者も当該私道を自由に通行することができる。このような第三者のうち、私道の所有者に対して妨害排除請求までできる者の範囲は、既に示した判例のとおりである。

つまり、当該私道を通行するにつき日常生活上不可欠の利益を有する者に限られる。

しかし、それ以外の者の通行の自由という利益が何らの保護も受け得ないと解することはできず、一定の保護を受け得る。他方で、私道の所有者は、その所有権に基づき、第三者が私道を利用するにつき一定の合理的制約を加えることは可能であるが、本件の主張所有者の主張は、デベロッパーによる通行の余地を一切認めない趣旨のものであるから、結局、私道所有者の主張する被保全権利は認められない(申立却下決定)。

この地裁決定は、私道所有者の権利濫用という問題に直接触れることはなく、第三者による通行の自由という利益と私道所有者の所有権の調整を図るという観点から、本件私道所有者による仮処分申立て(デベロッパーの通行を一切認めないとの申立)は認められないと判断したものです。

 9 二審高裁決定


私道所有者が即時抗告し、2審高裁が下した決定要旨は以下のとおりです。

本件は、2項道路(私道)の所有者が、私法上の権原(通行権等)に基づくことなく通行する第三者に対して、妨害排除請求として通行等の差し止めを求める事案である。
私道所有者が引用する判例は、第三者から私道所有者に対して妨害排除請求を求める事案に関するものであり、本件に適用できない。

私道の所有者は、建築基準法による公法上の効果として、一般公衆が通行使用することを受任すべき義務を負っている。その結果、私道所有者による妨害排除請求権の行使は、一定の制約を受けることになり、例えば道路としての通常の利用の範囲を逸脱しているとか、私道所有者に著しい損害を与える等の特段の事情のない限り、権利の濫用として許されないことになる。

本件では、デベロッパーが道路としての通常の利用の範囲を逸脱して本件私道を通行使用しているものではなく、私道所有者に著しい損害を与えるものでもないから、本件妨害排除請求は権利濫用にあたり許されない。

上記高裁決定は、当事者それぞれの権利ないし自由の調整という観点ではなく、もっぱら、私道所有者から第三者に対する通行の差し止め(妨害排除請求)がどのような場合に権利濫用になるのかという観点から明確な規範設定を行う内容であり、判断基準の明確性という点で優れていると考えられます。

実際の適用場面を予測しても、私道所有者が特定の通行人に対して通行の差し止め等(妨害排除請求)を行う場合に、それが権利濫用にあたらない場面は極めて限定されるものと予測され、妥当な結論を容易に導き得る点でも優れていると考えられます。

 10 本件をふりかえって


デベロッパーが土地を購入して事業を進めるにあたっては、近隣の利害関係者との権利関係の調整が非常に重要です。

そもそも本件でも、このような紛争の生起を予測し、一定の見通しの下に土地の仕入や事業化を進めるべきでしたが、実際には、気づいた時点で相当苦しい状況に追い込まれていたのです。
その意味で、デベロッパーにとっても一つの教訓となった事案です。

弁護士には、紛争に至ってから相談するよりも、事業化する前の段階で様々な見通しの下に相談することが理想的と言えます。それはあくまで理想論、という方もいることでしょう。

もちろん、我々は、どのような状況におかれても、依頼者と共に事態の打開策を探り、そして紛争の解決を担っていきます。 

(おわり)

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